玄関に「大阪」という看板を据えた
市役所をバックに
大阪市健康局 首席医務監
医学部33期
| 1981年4月 | 徳島大学医学部医学科 入学 |
| 1987年3月 | 徳島大学医学部医学科 卒業 |
| 1987年4月 | 大阪市立大学大学院医学研究科 入学 |
| 1991年3月 | 大阪市立大学大学院医学研究科 修了 |
| 1987年4月 | 大阪市立大学医学部第2内科 |
| 1991年4月 | 大阪市立桃山病院感染症センター内科 |
| 1993年12月 | 大阪市立総合医療センター感染症センター内科 |
| 2002年4月 | 国立感染症研究所 実地疫学専門家養成コース(FETP) |
| 2004年4月 | 大阪市保健所感染症対策課 保健主幹(2009年より課長) |
| 2012年4月 | 大阪市健康局医務監兼保健所感染症対策課長 |
| 2013年4月 | 大阪市健康局医務監兼健康推進部医務主幹、天王寺区役所医務主幹 |
| 2014年4月 | 大阪市保健所南部保健医療監兼西成区役所医務主幹 |
| 2017年4月 | 大阪市保健所長(2020年より健康局医務監兼務) |
| 2022年4月 | 大阪市健康局 首席医務監 現在に至る |
| 1987年5月 | 医籍登録 |
| 1991年3月 | 大阪市立大学医学博士 |
| 2004年1月 | インフェクションコントロールドクター |
| 2010年4月 | 日本公衆衛生学会認定専門家 |
| 2017年4月 | 社会医学系専門医協会指導医・専門医 |
医学部同窓会青藍会としてご紹介するのは、第33期の大阪市健康局首席医務監、吉田英樹氏です。卒後大阪市立大学の第2内科に入局され、学位取得後、臨床医として感染症に携われました。国立感染症研究所で実地疫学を専攻、全国各地の保健所職員と感染症アウトブレイク調査などに関与された経験から保健行政の道に進まれました。
大阪市保健所及び24区の各保健福祉センターの公衆衛生専門職の頂点に立ち、新型コロナ対策で倍増した約二千名のスタッフの指揮にあたります。大阪市の夜間人口は275万人ですが、昼間人口はその1.3倍となり、高密度に人とモノが集まる地域では感染症のコントロールには細心の注意が要求されます。前例のない感染力の強いウイルス疾患でしたが、臨床医としての経験も生かされました。一方で手探りは仕方ないとしても、政府の目まぐるしい方針転換への対応にもご苦労があったと伺います。
入院・療養調整、PCR検査やワクチン接種体制の整備、さらには感染経路の疫学調査など獅子奮迅の働き、まさに活躍する先輩です。筆者は保健福祉センターの前を通って20時過ぎに帰宅しますが、この3年間庁舎の消灯を見たことがありません。市民の健康を支えるミッションはやりがいがある、とのことですが御身大切に。
(ご出稿 医学部同窓会青藍会近畿支部長 播村佳昭先生)
(2022年10月5日)
置塩医院 院長
元 神戸市医師会 会長
医学部22期
| 1976年3月 | 徳島大学医学部医学科 卒業(22期) |
| 1976年4月 | 神戸大学医学部第一内科 入局 |
| 1977年7月 | 三木市民病院 医員 |
| 1979年7月 | 神戸大学付属病院 内科医員 |
| 1984年1月 | 公立日高病院 内科医長 |
| 1986年1月 | 置塩医院 勤務 |
| 1987年2月 | 置塩医院 院長 現在に至る |
日本医師会代議員(2004年〜2008年、2010年〜2022年)
兵庫県医師会 理事(2002年〜2008年)
神戸市中央区医師会 理事(1989年〜2004年)、副会長(2004年〜2006年)、会長(2006年〜2012年)
神戸市医師会 副会長(2010年〜2014年)、会長(2014年〜2022年)
| 2001年 | 兵庫県知事表彰(救急医療) |
| 2011年 | 兵庫県自治賞 |
| 2015年 | 日本医師会優功賞 |
| 2016年 | 兵庫県知事表彰(健康功労)、厚生労働大臣表彰(支払基金) |
| 2017年 | 厚生労働大臣表彰(救急医療) |
この春、4期8年努めました神戸市医師会会長を退任しました。医学科卒業後は徳島に残らず実家の神戸に戻り、神戸大学のお世話になり、父の健康状態の事情もあり、卒後10年で内科医院を承継しました。地域のかかりつけ医としてスタートして3年目くらいに中央区医師会の理事に就任させられ、以後辞めるタイミングを逃し続け、医師会漬けの人生を送ってきました。
神戸市医師会会長在任中で印象深いものとして、生体肝移植のKIFMEC問題があり、当事者との話し合いや、殺到するマスコミ対応に苦労しました。認知症神戸モデルは医師会員の協力のもと主体的に参画し、全国に誇れるシステムは3年を経過し2期目に入っています。20年目と25年目の阪神淡路大震災フォーラムも開催出来ました。設立60周年記念事業として記念式典、記念講演、祝賀会と医師会館4階ホールのリニューアル大改修が出来ました。
最後の2年間はコロナ対応に全力集中し、ほぼ毎週神戸市行政との折衝が続き、会員宛コロナ関連通知も200報を越えました。昨年秋には十四大都市医師会連絡協議会を神戸市医師会がテレビ会議方式で主催し、大都市共通のコロナ対応の課題につき協議しました。対面での議論ではさらに深掘り出来たはずであり少し残念でした。
プライベートの時間が戻って来ましたので、南常三島と南藏本の下宿先付近をはじめ、青春時代の7年間を過ごした「第2の故郷」を久しぶりに訪れたいと思います。
(2022年4月17日)
大和外科医院
第9回 日本医師会 赤ひげ功労賞 受賞
医学部20期
| 1974年3月 | 徳島大学医学部医学科 卒業 |
| 大学院医学研究科単位取得退学 | |
| 徳島県立三好病院外科、国立療養所香川小児病院外科、徳島大学病院、徳島市立病院外科 勤務 | |
| 1988年4月 | 大和外科医院 副院長 |
| 2004年4月 | 三好郡医師会長 |
| 2006年4月 | 三好市医師会長 |
昭和49年3月徳島大学医学部医学科を卒業、大学院医学研究科単位取得退学後、徳島県立三好病院外科、国立療養所香川小児病院外科、徳島大学病院、徳島市立病院外科勤務を経て昭和63年4月大和外科医院副院長となる。
同年より、地域の学校医を現在まで務め、児童・生徒の健康保持増進を図るため尽力した。また、行政との医師連絡協議会を立ち上げ、国民体育大会での医療応援、地域住民の医療・救急医療等について良好な意思疎通を図った。
平成16年4月から20年3月まで三好郡医師会長、平成18年4月三好市医師会長に任ぜられ、自治体、地域の医療機関等と綿密な連携を図り、また、病診連携の会を開催し地域の基幹病院との連携を強化。とくに勤務医不足が深刻化していた時期には公立病院を支援するため、応援診療(夜間当直勤務)にも当初から積極的に取り組んで公立病院に勤務する医師の負担軽減を図るとともに中山間地域、へき地の住民が安心して暮らせる地域つくりに努めた。
なお、看護職不足が懸念される中、准看護学院で看護職員の人材確保・資質能力の一層の向上が地域住民の医療、保健、福祉の向上に貢献できるものと考え、看護教育を通じた地域医療の向上・発展に尽力した。
以上のような内容で三好市医師会、徳島県医師会からの推薦を頂戴し、地域医療功労が評価され、このたび、第9回日本医師会赤ひげ功労賞をいただきました。剣道部OB会から記念品を送っていただきありがとうございました。広く浅く長く務めた結果であり今後の励みといたします。
(2021年10月7日)
日本赤十字社愛知医療センター
センター長 兼 名古屋第二病院 病院長
名古屋大学医学部整形外科 臨床教授
| 1983年3月 | 徳島大学医学部医学科卒業(29期生) |
| 1983年4月 | 半田市立半田病院にて初期研修 |
| 1984年4月 | 名古屋大学整形外科入局 |
| 1990年11月~1991年6月 | 退職(一時リタイア) ヨットで太平洋縦断、メルボルン大阪ダブルハンドヨットレースに参加 |
| 1995年5月 | 名古屋大学整形外科 助手、その後1998年に講師 |
| 1999年4月 | 名古屋第二赤十字病院 整形外科部長 |
| 2012年4月 | 名古屋第二赤十字病院 副院長 |
| 2018年4月 | 名古屋第二赤十字病院 病院長 |
| 2021年7月 | 日本赤十字社愛知医療センター センター長 兼 名古屋第二病院 病院長 |
| 現在に至る |
日本脊椎脊髄神経手技学会、整形超音波学会、低侵襲脊椎外科学会、最小侵襲整形外科学会、最小侵襲脊椎安定術学会の理事で全国学会を主宰した。
整形・リハビリの地域医療連携活動であるNPO名古屋整形外科地域医療連携支援センター(八事整形会・八事整形医療連携会)の理事。
日本赤十字社本社医療の質向上委員会副委員長、チーム医療の推進部会長を併任。
中国大連医科大学附属大連市中心医院の客員教授。三重大学医学部附属病院経営管理監査委員。
愛知県日本病院協会支部と愛知県病院協会の理事。
愛知県安城市の出身で、岡崎北高校を卒業後に徳島大学へ入学。徳島大学全学ヨット部に在籍し、たけのこ連では阿波踊りの鳴り物も担当させてもらい6年間堪能しました。徳島は第二の故郷です。
昭和58年愛知へ帰った後は名古屋大学整形外科にお世話になり、関連病院を回った後に大学教官となりました。平成11年に赤十字病院へ異動となり、国内外の災害医療にも関わりました。専門は整形外科・脊椎脊髄外科、特に低侵襲手術を得意としています。地域医療連携ではロコモアドバイザーとして健康寿命の延伸活動を行っています。
趣味のヨットは西浦マリーナマリンクラブ会長、アマチュア無線は名古屋第二赤十字病院ハムクラブと防災パケッタハムクラブの代表、JARL愛知県支部災害対策委員としても活躍中です。
(2021年4月5日)
医療法人かさまつ在宅クリニック
小児在宅医長
| 平成11年3月 | 徳島大学医学部医学科卒業 |
| 平成11年4月 | 徳島大学医学部附属病院 小児科研修医 |
| 平成12年10月 | 公立学校共済組合 四国中央病院 小児科非常勤医師 |
| 平成14年4月 | 徳島大学医学部附属病院 小児科医員 |
| 平成15年9月 | 国立療養所 香川小児病院 小児科医師 |
| 平成16年4月 | 徳島県立中央病院 小児科医員 |
| 平成16年9月 | 独立行政法人国立病院機構 東徳島病院 小児科医長 |
| 平成17年4月〜平成19年3月 | 徳島県立中央病院 小児科医長 |
| 平成20年2月 | 徳島大学大学院医学研究科(博士課程)プロテオミクス医科学専攻卒業 |
| 平成20年4月〜 | 医療法人 遠藤産婦人科(非常勤) |
| 平成20年9月〜平成22年3月 | 徳島大学病院 小児科診療支援医師 |
| 平成23年1月〜平成30年3月 | 医療法人 田山チャイルドクリニック(非常勤) |
| 平成24年10月〜 | かさまつ在宅クリニック 小児在宅医長 |
| 平成25年4月〜令和2年7月 | NPO法人どりーまぁサービス 児童発達支援事業所・放課後等デイサービス「どりーむキッズ」嘱託医 |
| 平成28年1月〜 | 医療法人かさまつ在宅クリニック 理事 |
日本小児科学会認定専門医
日本小児科学会
日本小児科医会
日本外来小児科学会
日本小児救急医学会
日本重症心身障害学会
日本静脈経腸栄養学会
私は徳島市出身で、平成11年に徳島大学医学部医学科を卒業後、徳島大学小児科学教室に入局しました。現在は3人の子育てをしながら、自治医大出身の夫とともに、平成24年に徳島市内で開業した在宅療養支援診療所「かさまつ在宅クリニック」で、小児在宅医として訪問診療を行っています。
現在の仕事に従事してから、自分の身近なところでも、高度な医療的ケアを要するこどもたちが、数多くご自宅で暮らしていることを知りました。ほんの10年前は病院で過ごしていたようなこどもたちが、様々な在宅用医療機器をご自宅に持ち込んで生活しています。しかしながら、その24時間365日の介護はご家族にとって大きな負担になっています。
そのような現状を小児科医のみならず、医師会の先生方にも知っていただくこと、これからの医療を担う医学部の学生や研修医に知っていただくこと、そして小さな点が繋がって広い面としての支援に拡がっていくことを目標にしています。
徳島県は年間出生数が5千人を下回り、少子化の進行とともに小児科医の減少も問題となっています。やりがいのある小児在宅医療を通して、小児科医や地域医療に従事して下さる医師が増えることを切望しています。今後ともご指導ご支援のほど、よろしくお願い致します。
(2020年10月14日)