会員の皆様
寒い日が続いていますが、皆様お元気でお過ごしのことと思います。本年もよろしくお願いいたします。
さて、昨年1月に、渡部豪先生(平成6年卒)の著書、「往診屋」:地域の患者の人生を診る365日(幻冬舎)をご紹介いたしましたが、このたび渡部先生が「往診屋日記 十五の物語」(サンライズパブリッシング)を出版されましたので、ご案内いたします。
また、下のとおり、「往診屋」が四国放送にて往診の様子が放映されていますので、その動画もご紹介いたします。
渡部先生が地域医療にご尽力され、さらにこのように患者さんの往診を通じて、地域医療の大切さや意義、また大変なご苦労を立派な本に取りまとめられておられることに敬意を表します。
深夜午前2時の往診や、雨や雪の中での往診を淡々と取り組まれておられる姿を見まして頼もしく思うとともに、感銘を受けました。また、限られた医療機器で腹痛やめまい、低血糖などから的確に診断することが求められるという厳しい状況の中で、10年以上にわたって往診屋を続けておられる渡部先生に頭が下がります。
多くの医療関係者や医学生にぜひ読んでいただきたいと思いました。総合診療医の重要性について、もっと関心と理解を持っていただきたいと思います。
徳島県においては、今後、人口の減少や高齢化がさらに進みますので、将来を見据えた地域医療を考える必要があると思いますが、渡部先生の往診活動を地域医療の一つのモデルとして、多くの医療関係者に考えていただきたいと願っております。
さらに、地域の診療所、病院、介護施設などと連携した地域医療システムにつながることを期待しております。一生懸命取り組まれている渡部先生の活動が社会でも評価され、たびたび放映されていること嬉しく思います。
徳島大学の地域医療研究会では70名を越える会員が活動されていることを動画で見まして頼もしく思いました、また熱心な医学生もおられますので、今後、徳島県での地域医療の発展につながることを期待しております。
動画も見ていただきましたら幸いです。よろしくお願いいたします。
青藍会東京支部名誉支部長
上田茂
(2026.1.20)
会員の皆様
平成6年卒の渡部豪先生をご紹介いたします。
実は、この正月に渡部先生から、「往診屋」:地域の患者の人生を診る365日(幻冬舎)を贈っていただきました。
渡部先生とは、私が徳島大学で衛生学の年1回の講義をしていたときに出会いました。卒業後に厚生省に入省されましたが、医療現場で仕事をしたいとの思いが強く、徳島県庁に戻られ、さらに地域医療に取り組まれています。
徳島県吉野川市でよしのがわ往診診療所を2014年に開業され、これまで地域医療、往診にご尽力されています。このようなご経験をもとに「往診屋」を昨年の3月に出版されています。
渡部先生からいただいた年賀状に、先生の往診の取り組みがテレビで紹介されたことを伺いましたので、下のURLから見ていただきたいと思います。随分立派な活動をされていますので、多くの方に知っていただきたいと思ってご紹介いたしました。
渡部先生が公衆衛生学的な視点から熱心に地域医療に取り組まれておられることに頭が下がります。多くの地域でこのような活動が広がることを願っております。
よしのがわ往診診療所のHPも大変立派な内容ですので、ぜひ見ていただきたいと思います。
渡部先生にはさらに地域医療にご活躍して、情報発信をしていただきたいと思います。
青藍会東京支部名誉支部長
上田茂
(2025.1.10)
兵庫医科大学病院 副病院長
消化器外科学講座上部消化管外科学 主任教授
医学部35期
| 1989年 | 徳島大学医学部医学科 卒業(35期) |
| 京都大学医学部付属病院 研修医 | |
| 1990年 | 兵庫県立尼崎病院 研修医 |
| 1997年 | 京都大学大学院医学研究科 修了、日本学術振興会 特別研究員 |
| テキサス大学 MD Anderson Cancer Center Postdoctoral Fellow | |
| 1999年 | 大阪医科大学一般・消化器外科 助手 |
| 2003年 | 兵庫県立尼崎病院 外科医長 |
| 2011年 | 虎の門病院 消化器外科医長 |
| 2015年 | 京都大学医学研究科 消化管外科学 准教授 |
| 2016年 | 兵庫医科大学医学部 上部消化管外科 主任教授 現在に至る |
篠原 尚先生は愛媛県川之江市(現・四国中央市)のご出身。1989年に本学医学部を卒業し、京都大学で消化器外科の道に進まれました。幼少期より、目に見えるものを立体的に描くのが得意で、卒後5年目の1994年には、研修医時代の手術記録をまとめた『イラストレイテッド外科手術〜膜の解剖からみた術式のポイント』(医学書院)を出版しました。医学書は権威が執筆し、1000部出れば成功作とされていた当時の常識を覆し、若手外科医を中心に8000部以上を売り上げるベストセラーとなりました。
その後、大学院進学や米国留学を経て、2011年には当時急速に広まりつつあった内視鏡手術に対応した改訂第3版を刊行、英語、中国語、韓国語にも翻訳されました。同年、東京・虎の門病院に異動、京都大学准教授を経て、2016年から兵庫医科大学教授として活躍されています。発生学や解剖学に基づいた消化器癌手術の新しいコンセプトを提唱し、2022年には日本内視鏡外科学会大上賞を受賞。翌年の受賞記念講演では、改訂から10年以上経過した同書が最新の知見と合致しなくなったことを理由に絶版を宣言。累計42,000部を超えた名著の突然の販売中止は大きな反響を呼びました。
先生は、精巧に創られた人体に対し可能な限り精緻な操作で応えることこそ外科医の矜持であると信じ、ロボットやAIの時代に通用する、より正確な「手術の設計図」を刷新し続けています。今後もそのたゆまぬ探究心と創造力で、外科医療の未来を切り拓いていかれることでしょう。
(2025年10月7日)
虎の門病院腎センター外科 部長
医学部39期
| 1985年3月 | 東京都立日比谷高等学校 卒業 |
| 1993年3月 | 徳島大学医学部医学科 卒業(39期) |
| 1993年4月 | 東京女子医科大学腎臓外科 |
| 1997年6月 | 長野県佐久総合病院外科 |
| 2001年4月 | 埼玉県済生会栗橋病院外科 |
| 2001年12月 | 東京女子医科大学医学博士号取得 |
| 2007年4月 | 東京女子医科大学腎臓外科 助教 |
| 2011年4月 | 浜松医科大学泌尿器科 講師 |
| 2015年1月 | 虎の門病院腎センター外科 医長 |
| 2016年7月 | 虎の門病院腎センター外科 部長 現在に至る |
日本外科学会専門医・指導医、日本透析医学会専門医、日本移植学会認定医、日本内分泌外科学会専門医、日本内視鏡外科学会・技術認定取得者(消化器・一般外科)
日本移植学会(代議員)、日本臨床腎移植学会(代議員)、腎移植血管外科研究会(世話人)
石井保夫氏は、1993年に徳島大学医学部を卒業し、東京女子医科大学腎センター外科に就職した。大学病院及び関連施設で一般外科、消化器外科の手術治療を経験し2002年に「マウスの硬化性腹膜炎モデルの作成」で東京女子医科大学医学博士号を取得。腎移植、腎不全外科を専門分野として、2005年〜2010年まで東京女子医大病院で臨床と研究に従事した後に、2011年に浜松医科大学泌尿器科講師に就任し4年間、腎移植を行った。
2015年1月に虎の門病院腎センター外科に就職し2016年7月から腎センター外科部長を務めている。虎の門病院は国内でも数多くの腎移植を行っている施設の1つで、1982年から2024年までに822例の腎移植を施行した。所属学会では、専門医を取得し、代議員、世話人として全国の腎移植施設の代表者と共に幅広く学会活動を行っている。
2024年4月から青藍会東京支部の支部長に就任し同窓会の活動も精力的に行い、母校の発展に貢献している。趣味はゴルフ。
(写真は虎の門病院ゴルフ部コンペで優勝した時に撮影)
(2024年10月20日)
広島大学大学院 医系科学研究科
救急集中治療医学 教授
広島大学病院 副病院長・高度救命救急センター長
医学部34期
広島大学大学院 医系科学研究科 救急集中治療医学教授
広島大学医学部 医学科長
広島大学病院 副病院長
高度救命救急センター長、集中治療部長、ハイケアユニット長、危機医療センター長
救急集中治療医学
昭和38年京都府生まれ。昭和63年に徳島大学医学部を卒業後、京都府立医科大学麻酔科学教室に入局。その後集中治療、特に我が国で整備途上であった小児集中治療の臨床、学術領域及びシステム基盤整備に尽力した。
2012年よりNHO京都医療センター救命救急センター、2015年より現職に奉職し、救急医学をベースとした集中治療医学の確立に貢献している。特に、呼吸不全/人工呼吸、感染症の双方を主な専門領域とする希少な医師として、2020年からの新型コロナウイルス感染症の流行に際しては、その背景を活かし活躍。人工呼吸器やECMOなどを活用した最重症患者の診療を数多く行うほか、危機的感染症時における日本の集中治療体制の重要性について学術団体を超えて発信した。
我が国の集中治療保険診療体制、集中治療室のあり方、新型コロナウイルス感染症の流行を受けた強靱化提案などの情報発信、体制構築に尽力している。日本版敗血症診療ガイドラインはじめ、17の診療ガイドライン作成に参画。J of Intensive Care, Pediatric Critical Care Medicineなど国内外雑誌編集を多数手がけるほか、小児集中治療、人工呼吸、感染症を中心とした著書多数。
日本呼吸療法医学会副理事長。日本集中治療医学会副理事長。第50回日本集中治療医学会学術集会会長。
(2023年10月20日)
住友医院
第11回 日本医師会 赤ひげ大賞 受賞
医学部16期
昭和45年徳島大学医学部医学科を卒業。当時の学生運動の影響で即医局には入らず、高知赤十字病院で医師としてのスタートを切りました。その後第二内科に在籍しながら、県立三好病院・国立高知病院・阿南医師会病院などに勤務。昭和58年から実家の住友医院に帰りました。父の医師としての姿勢を手本に地域医療に徹し現在に至っております。
この度日本医師会などが長年地域医療に貢献した医師を表彰する「第11回赤ひげ大賞」に選ばれました。なぜ選ばれたか疑問に思いましたが、「女性医師の立場からの地域医療」としての観点から選考されたとのことでした。20年くらい前の女性の職場環境は厳しいものがありました。
当時妊娠・出産は別として育児・家事・介護も女性がするものという固定観念があり、やむなくリタイアする医師もありました。医療内容が日々進歩するのに、増えている女性医師が活躍しなければ医療は崩壊するとの考えから、同じ気持ちを持つ仲間たちと徳島県医師会内に「女性医師部会」を立ち上げたのを機に「性差医療の勉強会」「市民へのアンケート・啓蒙活動」など様々な活動を行いました。これらの行動が女性医師の地位を高め活動の場を広げたとして評価されたと思います。次第に社会全体からの支援も拡大され、現在はあらゆる場所で活躍される女性医師が多くなり、喜ばしく思っております。
令和5年3月3日に赤ひげ大賞の表彰式に行ってまいりましたが、若い医学生たちと話すことができました。この人たちの将来も明るく輝かしいものであってほしいと思いました。
第11回「日本医師会 赤ひげ大賞」受賞者
第11回 赤ひげ大賞 表彰式にて
私は女性医師部会が男女共同参画委員会に改編されたのを機に、若い世代に将来を託し専ら本業に専念しておりましたが、平成29年7月から4年間青藍会会長を努めました。同窓意識が希薄になりつつある状態に危惧感を覚えておりましたが、徳島大学70周年記念事業では、まだまだ熱い気持ちを持っておられる方が多くあることを知り安堵し、母校徳島大学がますます発展することを心から願っております。
(2023年4月24日)